古今亭志ん朝師匠ってどんな人?


3代目 古今亭 志ん朝
(ここんてい しんちょう、1938年3月10日 - 2001年10月1日)は、
東京都文京区本駒込出身の落語家。

本名、美濃部 強次(みのべ きょうじ)。
生前は落語協会所属。
父は5代目古今亭志ん生。
強次の名は一時期の父の師匠初代柳家三語楼が命名したとされている。
兄は10代目金原亭馬生。
姪は女優池波志乃(義甥は俳優中尾彬)。
長く新宿区早稲田鶴巻町に居を構えていたが、その後新宿区矢来町
(「シンチョウ」つながりの新潮社所在地でもある)に転居し、
以後一部では「矢来町」という呼び名でも親しまれた。
出囃子は『老松』。
肝臓癌のため、家族、弟子に見守られる中、自宅にて眠るように静かに息を引き取った。

若い頃はテレビ出演も多く、喜劇俳優としての仕事もあったが、寄席を何よりも重んじた。
独演会のチケットはすぐに完売するほどの人気があった。
古典芸能の住吉踊りを復興させたことでも有名である。
同業者からの評価が非常に高く、父志ん生のライバル8代目桂文楽は
「圓朝を襲名出来るのはこの人」と言い、
また毒舌で自尊心の高く、同じく落語四天王と称された7代目立川談志も、
「金を払って聞く価値のあるのは志ん朝」と言っている。

ファンや後輩芸人からは「朝(チョウ)様」と慕われ、
父志ん生の破天荒さとは違う正統派の江戸前落語を得意とした。

落語以外にも、佃煮・ふりかけ「錦松梅」のCMキャラクターとしても有名で、
この他麦茶や紙おむつのテレビCMに出演した。

ウィキペディア(Wikipedia)より

志ん朝師匠との出会い


2007年10月、40歳の時、僕は うつ病 になってしまった。

2ヶ月の休職中、最初の1ヶ月は自宅で寝てばかりいたが、
後半は、自宅のPCでネットの動画を見ることが多かった。

僕は昔から、毎週日曜日の「笑点」が好きだったのだけれど、
生の落語を見たことはなかった。(あ、未だに無いです)(^^;)

暗い気分になることが多かったので、
ネットで落語の動画を見ることが楽しみになっていた。

お笑い番組もよく見ていたが、落語の方が面白くなってきた。

いろいろな噺家を見たが、
そのうち、桂枝雀さんが好きになってきた。
動きもしゃべりも面白い。
動画を「お気に入り」に入れて、繰り返し見るようになった。



休職中は、図書館に通うことが多かった。
その図書館に、落語のCDが何枚かあったので、落語のCDを借りてみた。

最初に借りたのは、桂枝雀さんの「寝床」と「くやみ」だった。
すごく面白かったけど、枝雀さんは動画で見た方が面白いと思った。

その図書館には、他に、古今亭志ん生(志ん朝師匠の父)、三遊亭圓楽、
円歌、林家喜久蔵、などのCDがあった。
でも、あまりピンとくるCDは無かった。

いつも貸出中のCDが志ん朝師匠だった。
昔、錦松梅(ふりかけ)のCMで見たことのある人だった。

ある日、CDが借りられたので、「芝浜」「百川」のCDを借りた。

面白かった。

というより、感動した。

立て板に水のしゃべり、
人物の描写の細かさ、
噺の面白さ、
サゲの小気味よさ、
そして声の良さ、

どれをとっても、僕にとっては、一番だった。

また、落語には面白いだけでない人情噺もあるということを
教えてくれたのもこのCDだった。(←視聴が出来ます)

録音が かなり前だからということもあるのだろうけれど、
落語のCDには、タマに声がこもってしまっていて
何を話してるんだかわからないようなダメCDがあるが、
このCDは、その点でもとても音質が良かった。



それからいろいろなCDを借りて、どんどん志ん朝師匠にハマっていった。

夜や昼に寝る前に、枕元のCDラジカセで志ん朝の落語を聞くのが
とても楽しみになっていた。
(この習慣は、今もまだ続いている)

不思議と志ん朝師匠じゃないとダメで、他の人の落語だと、
うるさかったり、つまらなかったり、耳障りだったりして
眠れなくなってしまうのだった。

今、元気になった僕は師匠の落語をクルマの中でよく聴いている。
韮崎の町を一人でニヤニヤしながらクルマを走らせている妙な男がいたら、
それはきっと僕だ。(^^)

志ん朝師匠4 「付き馬」


志ん朝師匠お得意の廓噺(くるわばなし 遊郭(吉原)の話)です。

遊郭で遊びすぎてしまってお金が足りなくなった時、家にお金を取りに帰って、
お金を渡します。その時に付いて来る店の人のことを「馬」と呼ぶそうです。
 
今はお金の持ち合わせが無いけれど翌朝になればお金が入る、と言っている
遊び人を、お店の若い衆が口車に乗って店にあげてしまいます。

翌朝になって時間をつぶすために、2人は吉原から浅草へと歩き回ります。
僕が好きなのは、詐欺師(?)の客が浅草近辺を歩き回るときの情景です。
「おい、キミ、見な、犬」
「ハトがいるねぇ」
「キミ、ちょっと立て替えといて」
「朝から信心深い人がたくさんいるねぇ」
などの何気ない言葉がなんとも言えず笑えます。

お金を払わない客と「馬」になった店の若い衆との探り合いの会話、
「馬」と葬儀屋の「おじさん」とのチグハグな会話がたまりません。

すばやくて小気味の良いサゲに、聞く度につい拍手をしたくなります。

「付き馬」 ←視聴できます


志ん朝師匠3「佃祭」


僕が好きな志ん朝師匠のハナシの3番目です。

祭り見物の好きな次郎兵衛さんが船に乗って、佃島に祭りを見に行きます。
帰りの仕舞舟(船の最終便)に乗ろうとしたところを見知らぬ若いおかみさんに
無理やり止められてしまい、帰れなくなってしまいます。

次郎兵衛さんは怒りますが、後でその船が沈んでしまい、おかみさんに命を
救ってもらったことに気づきます。
そのおかみさんは3年前に次郎兵衛さんが命を助けた娘さんだったのです。
おかみさんにお酒やご馳走を振舞われて、帰りが遅くなってしまいます。
次郎兵衛さんの自宅では、船が沈んで死んでしまったと思い込み、
次郎兵衛さんの通夜を始めてしまいます。
そこへ次郎兵衛さんが帰ってきて・・・。
 
長屋の住人の「くやみ」がとても面白いです。
与太郎のおバカなところがこのハナシのサゲの要です。
「人間がバカだとモノの感じ方が はげしいですな」
サゲ前のこの一言が最高に笑えます。

「佃祭」 ←視聴できます

志ん朝師匠2 文七元結


1番好きなハナシは「芝浜」、
2番目は ってぇと、この「文七元結」(ぶんしちもっとい)です。
これも良く出来ている人情噺。
ハナシも良いですが、マクラも良いです。
志ん朝師匠がよく口にしていた
「名人というのは、もう今の芸人には いないんじゃないですかねぇ」
という言葉で始まる長いマクラ。
非常に芸に厳しい師匠は、間違いなく「名人」だと思うのですが、
「昔は真打ちになるには大変だったんです。
でも今は落語家になって しばらくぼんやりしてるとなれるようになっちゃった。」
柔らかい言葉ではありますけど、
芸に対する師匠の厳しい姿勢が伝わってきます。

腕のいい左官屋の棟梁 長兵衛さんは、バクチにハマってしまい、
借金に追われて、仕事も出来なくなってしまいます。
おかみさんともケンカが続き、娘さんも家出。
そんな長兵衛さんに廓屋のおかみさんが50両のお金を貸してくれます。
でも、その50両を年内に返さなければ、娘さんは店に出てお客をとることに
なるという約束付きです。
そのお金を持って帰ろうとした長兵衛さんは、
「50両が無いと身投げをする」
という若者「文七」に会ってしまいます。

ハナシにもらい泣きしながらも大笑いできる。
これぞ 志ん朝落語!と言える作品ではないでしょうか。

「文七元結」 ←視聴できます
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